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代表者ごあいさつ

松森 貴幸

代表 松森貴幸
資格

行政書士・調理師

略歴

武蔵工業大学工学部(現東京都市大学)電気電子工学科卒業。日本航空電子工業株式会社入社。音楽の道を志し退職。音楽活動をしながら生活費を稼ぐために飲食店で働く。その後、飲食店の楽しさに目覚め飲食業界へ。約20年にわたり、FC、ベンチャー、大手、個人店までさまざまな会社形態で飲食店での現場経験を積む。その間「失敗する店と成功している店の違いは何なのか?」をテーマにその原因を現場から探求。在勤中89ヶ月連続昨対売上UP。お客様が20000人増えた焼肉店で店長をして発見した「継続して安定した売上を作るための集客術」など、机上の空論ではない現場経験に裏打ちされた経営、店舗運営ノウハウにも定評がある。現在松森法務事務所代表。山形県山形市出身。

所属

日本行政書士会連合会

登録番号 第18091557号

神奈川県行政書士会所属

会員番号 第5532

ごあいさつ

「店長!店長にならついていきます!!」

これから開業しようとする方の中で将来の開業を夢見て毎日現場で悪戦苦闘している方もいらっしゃると思います。毎日毎日大変な思いをしている方もいらっしゃると思います。

私はこれまで約20年間、飲食現場の第一線で、毎日汗水流して働いてきました。そして、飲食業界に翻弄されてきました。

飲食業界の現場でこんなにも長期にわたり携わってこられたのも運命なのでしょう。

そもそも、「過酷な労働なわりに稼げない」と言われる飲食業。「稼ぎ」だけを考えればとっくに辞めていたはずです。それでもやり続けているわけです。現場を20年続けてこれたのはどこかで「自分の夢」を追い求めていたからだと思います。飲食業は私に向いているのだと思います。

自分を模索していた会社時代

私が飲食業につくきっかけになったのは大卒後初就職した会社時代まで遡ります。大卒初就職のその会社は一部上場企業の電気メーカーでした。大卒経験のない親は大喜び。私もやっと親の念願を叶えることができたと安堵していました。さらに配属された部署は会社の心臓部といえる開発本部です。そこで担当になった仕事は、NECと共同開発していた次世代スーパーコンピュータの開発でした。

やはり、電機業界は技術競争が凄まじく特許の出願も頻繁に行われています。競合と同じ技術では相手の特許に抵触してしまう。つまり、自分の技術を使うには競合との違いがなければいけないのです。そんな日々を毎日すごしていましたので、新人ながら、ビジネスには「相手との違い」や「差別化」が必要だと身をもって知ったわけです。その経験は今でもビジネスに対する基本姿勢として大事にしていることです。

そんなかんだで勉強になることもあったのですが、若い私はいつからか、会社の中の世界だけで生きていくのが窮屈に感じ、

「もっとでかいことがしたい!」

「本当に自分がやりたいことは何だろう?」

「やりたいこともやらずこのまま年をとって後悔するような人生でいいのか?」

と毎日自問自答するようになっていきました。

そこで、「これからは好きなことをやろう」「まずは好きな音楽で挑戦しよう!」と決めて会社生活から飛び出したのです。

このまま会社にいれば安定した生活を手に入れていたかもしれません。それを捨て、なんの保障もない音楽活動一本の不安定な世界に自ら飛び込んだのです。今思えば中々勇気ある決断ではありますが、成功できる根拠もない、計画も滅茶苦茶、ただの勢いですね(笑)

栄養失調と飲食業との出会い

そのせいというか当たり前ですが、アルバイトで生計を立てたものの貯蓄はなく、1か月間まるまる無一文になってしまいました。はじめは、お腹がすくと、冷蔵庫に唯一あった味噌を水に溶かしながら飲んでいました。が、やがて味噌もなくなると水道水でしのぐしかありません。最後には体に力が入らず、痺れも感じて立っているのがやっとの状態での生活でした。完全に栄養失調です。

そこで、くいっぱぐれないアルバイトとして考えたのが飲食店でした。これが、私の飲食に入るきっかけになります。ここなら食事付き(まかない)があるし、何よりも料理好きな私にはこれしかないと思えたのです。どうせなら、飲食でも自分に向いている業態は何だろ?探してみよう!ということで、焼肉、そばや、創作料理、フグ屋、地元料理・・など手当たり次第いろんな業態に飛び込みました。

そんな数年を過ごしていた矢先、ある焼肉店で店長から「社員にならないか?」と持ち掛けられました。アルバイトでありながら社員並みに働いていましたし、給料も上がれば音楽機材も買える。音楽がうまくいけば辞めてもいいと言われていましたのでその時は軽い気持ちで引き受けました。

しかし、ここから地獄の日々が始まります。

現場の厳しさと楽しさ

飲食店の現場で苦労することの一つに「売上アップ」「原価」「人」の問題があります。そもそも当時の私が店長、社員などいわゆる経営管理的なポジションがどんな役割なのかわかるはずもなく、実際「やってください」といわれると何をやっていいのかもさっぱりわかりません。

また、誘ってくれた店長も独立して数か月後には辞めてしまいました。店長が不在になった今、社員である私が店を引き継ぐことになってしまったのです。予想外の展開で戸惑いましたがやるしかありません。店長不在でなんとか売上げを維持しているものの、いざ店を背負ってみるとその責任の重さが重くて重くて・・・。店長は売上げを上げている。それなのに、店を引き継いで潰したら自分の力の無さのはず。そう思うと

「売上げUPを達成したい」

「自分の力を試してみたい」

と、いつもの負けん気がもたげてきて、妙にハングリーになっていったのです。

その会社は当時数店舗展開していました。会社の基本方針として実績を出さなければ店長として認められません。完全実力主義です。そして、試行錯誤しながら、少しづつではありますが売上げも徐々に上がります。9か月後ぐらいには会社からも店長として認めてもらえるまでになっていきました。

「会社の理想のモデル店を目指してほしい。」スーパーバイザーからもそう言われました。また、他店舗のお店を回って各店長にアドバイスをするようなこともありました。会社に海外展開する計画があった時に、「一番売上あげてる店長」として認められ、アメリカへ出店視察を社長と同行するまでになっていました。

給料も増え、あの栄養失調のどん底生活よりはましになり、ちょっとした成功感を感じていました。また、自分次第で店が良くなる、悪くなる、そんな状況を切り盛りする楽しさも覚え、いつのまにか音楽のことより、飲食業にのめりこんでいったのです。

衝撃事件

しかし、実際の現場は散々たる現状でした。スタッフは不足しているし、スタッフに指示をだしてもやらない、自分勝手なことをする、私の仕事に対する粗探しばかりする、とにかくバラバラでまとまっていないのです。今では店舗運営に「チームワーク」が大切であり重要だということはよく分かるのですが、当時の私にはまだ本質的なことは分からないことでした。

そして、数年後、ある事件がおきます。私が休憩しようとエレベータに乗ろうとしたときです。

信頼して育てていたはずの7歳年下の2番手のスタッフから声をかけられました。そして、こう言われたのです。

「店長。お店がバラバラでこんな現状になっているのは店長のせいです!責任取って土下座してみんなに謝ってください!」

確かに、お店の売上は月間、年間、日売過去最高が出るようにまでなっていました。私のやり方にもついてきてくれていました。しかし、私に対する不満がスタッフの間にくすぶっていて爆発したのです。私は完全に孤立していました。スッタフのことを絶えず考えて行動していました。しかし、現実は違ったのです。そのことに自分の責任、力のなさを感じていました。本当に心からそう思っていたのです。

そして、私はエレベータの前で土下座したのです。他人のいる前で・・。

私のほほに熱いものが流れていくのを感じました。責任と悔しさ、教え子に頭を下げる屈辱感など様々な感情が入り乱れていました。

再びどん底へ

私は、一旦飲食業から離れようと思いました。ちょうどその頃、ある方から声をかけられて小売業をやらないかと持ち掛けられていました。そして、小さいながら、人生初の起業をします。しかし、飲食業しか知らない私には営業など向いていないのです。結局何も売れず数か月で倒産します。さらに、数百万も借金を背負うことになったのです。

何をやっても駄目、人からも信頼されない、家族にも迷惑ばかり、返済に奔走する日々。

「自分は駄目人間だ。この世に必要などない!」本当にそう思いました。

しかし、私には家族がいます。まだ小さな子供達もいます。自分の都合で立ち止まってはいられないのです。

そして私が決意した答え、

「自分には飲食の道しかない。もう一度この業界で再挑戦しよう。」

そう決めました。過去の経験も踏まえ、「同じことは繰り返えしたくない。」

解決策を模索すべく、人間関係やリーダーシップ、マーケティングに関する本を手あたりしだい購入し勉強しました。その知識を現場で実践し繰り返す毎日を送ります。

「駄目人間でも貢献したい。」「少しでも周りに必要のある人間になりたい。」

そんな思いだけで必死でした。

大手企業、個人店。どこでもがむしゃらに働きました。そして最後に勤務したお店では、7年連続毎月作対売上アップを達成します。

私を救った言葉

そんなある日のことでした。営業も終わり、私はいつも通りスタッフに最近の店のことや考えを正直な気持ちで話していたのです。その時スタッフに言われた言葉。

冒頭の

「店長!店長にならついていきます!!」

そんな言葉を頂いたのです。過去、完全孤立してどん底に落ちた経験がある私にとって、

「こんなダメ人間でもそんなこと言ってくれる人がいる」

「私が存在する意味がある」

そんな気持ちにさせてくれました。この言葉にはホント救われました。

考えてみると私は物心のついた時から、自分の考えや自己開示するのが得意ではありません。そもそも、自信がない、成功談がない、失敗談ばかりですから。

「ダメ人間の私の考えなど話す価値もない」いつもそう思ってました。それゆえ、昔はスタッフに自分の考えを話すこともなかったのです。それが土下座事件に繋がったのです。

これから飲食業で身を立てたいと思っている方で、自分自身の体験など話す価値もないと思ってる方もいらっしゃるかもしれません。でも、まず話してみることです。自分に価値がない、話せるほどの話ではないと思っても、スタッフに自分を知ってもらうという面でとっても有益になることがあるのです。

新しい旅路へ

私は20代前半に大手電気会社を辞めてから、道なき道を手探りで一歩一歩踏み出してきました。この先がどうなるかもわからない道の途中、偶然か必然か飲食業界に出会ったのです。その飲食業界でどん底も嬉しいことも含めすばらしい体験ができました。

そして、いつからか「飲食業界で活躍する人達の力になりたい。」

そんな思いが出てくるようになったのです。

そして、見つけたのが行政書士の仕事です。

開業サポートを通して飲食業界で私のような素晴らしい体験ができる場をもっともっと増やしたい。飲食の素晴らしさを伝えたい。そして、過去の私がそうであったように店で大変なことがあったときに少しでも私の約20年に及ぶ現場体験が力になることもあるに違いない。そうだとしたらこれほどうれしいことはありません。

長々と書きましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。私という人間を少しでも知っていただけたら幸いです。

ありがとうございました。

        行政書士松森法務事務所  代表 松森貴幸

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